裁判員裁判と法務省が推進する法教育の問題


(1)
 日本は、19世紀の後半に入り、国際関係をつくらざるを得なくなっていた。つまり、鎖国といわれた
状態を維持しえなくなっていた。諸外国の状態や、東アジアや東南アジアの情勢についての情報が
無かったわけではない。しかし、敢えて国際関係と言おうとすれば、清の冊封体制下にあった朝鮮と
琉球が来日の儀礼をうけていたくらいである。しかも、朝鮮や琉球の使節が訪れるのは、天皇ではな
く、江戸の将軍であった。オランダ東インド会社や清の商人を通じて日本にもたらされていた情報を、
当時の日本では有効なものにするだけの能力もほとんど無かった
 従って、無自覚な開国をするや否や、経済は破綻し、政治は混乱した。裁判制度が無に等しいとい
う自覚も無かったのである。
 ただ、特別に有能な政治家の幾人(ただ江藤新平如きものでは断じて無い)かと、情熱溢れる若者
がいた(これも誤解しないように付け加えると、尊攘派のことではない)。
 明治の半ばに、日本は、アジアでまれに見る法が整備された国*になった。中国の留学生、とくに
法学部への多くの留学生は有名である。日本政府がやむを得ず、制限したために、帰国した元留学
生たちが上海で、組合大学を結成した。中国近代化の指導者胡適も、コーネル大学へ赴くまで、そ
のような状況のなかで育った。
 その後、さらに日本は、東遊運動のめざす所であったのである。
* 不十分なところは、2012年12月22日近代法制史研究会での蘆田の報告レジュメ「明治刑事司法制度史と大津事件」
ootsu-case.pdf へのリンク
  参照。


(2)
 今、相当、日本は悪いところへ来ている。劣化の歯止めが、壊れているようである。
 明治以降の日本社会を作り上げてきた先人たちの遺産を、自らの私利欲望のために壊してきた
経緯はいくつも見掛ける。本格的には中曽根内閣にはじまり、最近では、小泉内閣によって明治の
人たちのこれまた日本が誇りうるものとしてつくりあげてきた郵政を壊したときである。
 戦前も勿論であるが、戦後、多くの犠牲の上に構築してきた、法制度や教育制度も危ない状態で
ある。
 教育勅語にかわる戦後教育の理念を表した教育基本法を醜く変えたのは、2006年の安部晋三内
閣のときであった。
 教育の状況は、研究の状況とも関連する。教育や研究状況は、社会の力とも関連する。司法制度
が、考えられないような破壊を試みられ、それが進行しているのに、法曹、法学者たちは手をこまね
いているどころか、むしろ、その破壊を推進しているのである。
 莫大な負債と労力を浪費して、全面的な見直しをせざるを得なくなっている法科大学院構想は、「
憲法学者」が提案したものである。法学部構成する人たちは、推進しているような大勢であった。裁
判員制度も、やはり「憲法学者」が会長をつとめた司法制度改革審議会の提案である。
 「裁判員制度とは何か」で、日本の代表的な憲法の教科書を紹介しておいた。その箇所のいかに
論理的でないかということを見て欲しい。教育や研究の現状である。
 
(3)
 今、とりあえず、次の論考を提出しておきたい。第1のものは、活字にしていると思って、top page
にはリンクしていなかった。
 第4のものに、或出版関係者の不可解な発言を少し紹介した。この発言の背後に、現今の教育・研
究に関係する人の危うい姿があると思うからである。
 第2のものは、まだリンクしていない。

 第1 裁判員制度とは何か —日本国憲法上の裁判制度は「裁判を受ける者」のためのものでは
   なかったのか —  the-administration-of-justice.pdf へのリンク 
 
      目次
     一 はじめに 
     二 人権と国家の逆立ち 
     三 「くじ
 *」で選ばれる「裁判員」   *裁判員は陪審とは全く異なることに注意
     四 「司法への民衆参加」の問題
     五 陪審制でなく、かといって参審制でなく、実は「検察審査員」がモデル
     六 論理的記述が見あたらない憲法教科書


 第2 裁判員制度とは何か・補説  ―戦後刑事司法で、悪かったのは「制度」なのか―
      addemdum.pdf へのリンク
    目次
   はじめに
   一 裁判制度の問題は、裁判官の問題なのか
   二 陪審制の場合であったら
   三 日本の刑事裁判では有罪率が高いということの意味
   四 四大冤罪事件などに見られること
   五 弁護士の活動等について 
   おわりに


 第3 正義の学の終焉
    ―関西大学法学研究所児島惟謙没後100年記念シンポジウム('08・10・4)の問題―
  「いま裁判員制度が日本に導入される意義 ―児島惟謙の思想的源流を探りつつ― 」(関西大学
  法学研究所『ノモス』第23号2008・12)に見る学問的危機の様相
            end-of-justice.pdf へのリンク
     目次
   一 正義の学の終焉 ―関西大学法学研究所児島惟謙没後100年記念シンポジウム
   二 三谷太一郎氏とトクヴィル、J・S・ミル
    (1)J・S・ミルがトクヴィルより受け継いだものは「多数の暴政」批判
    (2)トクヴィルの「政治制度としての陪審制」は、刑事陪審ではなく「民事」陪審
   三 大正期成立陪審制は、「司法権の独立」というイデオロギーを廃するためのものであったと
    いう三谷氏の主張 
    (1)「司法権の政治的台頭」とは何か
    (2)明治憲法下の「統帥権の独立」と「司法権の独立」
   四 司法と規制緩和
   五 基本的人権と司法


 第4 法務省の推進する法教育の問題
     ― 法律上の不法gesetzliches Unrechtと法律を超える法übergesetzliches Recht ―   
           problem of law-related education.pdf へのリンク
      
     目次                             
  一 はじめに ―「社会科教育」と「法教育」
  二 どうして、人が人を裁くことができると教えることができるか。
  三 「法教育」では、憲法と「裁判員制度」をどのように整合的に教えられるのか。
  四 正義が多数決で決められるのか。
  五 「法教育」推進者(現場の教員も含めて)の「人権」についての認識はどうなっているのか。  
  六 おわりに ― 法律上の不法と法律を越える法