台湾最西端の駅、台南車站の内部一階、かつては
二階でホテルとレストランが営業していた。


       現台南地方法院 2002.8.21          延平郡王祠(開山王廟、鄭成功を祀る)

 “古都”台南 

 朱天心『古都』(1997、 清水健一郎訳2000年6月国書刊行会発行)は、京都と台北のことを描くが、
台湾で、古都は鄭成功が都にした台南を言うようである。

 
     台南孔子廟の泮池(泮水
                   木陰の光景
 台南を訪れるのは、台湾師範大学の王先生にご案内を戴いたのが最初であった。台南は暑いか
ら、充分に気をつけるようにと檜山教授からも、注意があった。
 往路、北回帰線を越えると、気のせいか随分と暑くなった気がした。北回帰線直下の小山に標識
があるところがあった。その小山に、松阪大学教授(当時)の上野利三氏と駆けて上がった。上野氏
が、今は危険だからとして禁じ手になっているトレーニング法のウサギ跳びをして昇っていくのには
恐れ入った。
 上に掲載した延平郡王祠の額に「化及南彊」とある。中華文明圏の最南端というわけである(尤
も、北緯22度59分0秒の台南よりも更に南のハノイ(北緯21度1分)にも孔子廟(文廟)がある。ハノイ
のはベトナムの李朝時代12世紀にはじまり、陳・黎・阮の王朝を経て整ったものである)。
 台南の孔子廟は、鄭成功の時代にはじまるが、現存のものは清朝時代に整えられた(寺田剛「台
南の孔子廟について」〈『アジア研究所紀要』№11〉参照)ものである。


 鄭成功神社としていた、延平郡王祠の建物を戦後壊して建て直したそうであるが、正面の石の門
が気になった。近くの建物の脇をみて、鳥居の一部をはずして使っているのだと納得した。


  現成功大学歴史系館、旧日本陸軍第2連隊兵舎

  
 台南は、トップ・ページの旧台南地方法院のような建築、そして、いくつかのロータリーが已然として
機能しているすばらしい町である。


  紹介して戴いた宿の窓から見た古都の夜               赤嵌樓

 国立台湾文学館のような建物も内容もすばらしいのもある。
 西來庵事件をはじめ、私は、台南で起こった多くの重大な事件をあまりにも知らない。
 この博物館に生まれ変わる直前の法院の姿をみることを、さらなる台湾史研究、台南の勉強の出
発としたい。(2012/12/27)